つながれば、生きる

2022年11月13日 主日礼拝

コリントの信徒への手紙一 12章22~27節
シンガポール国際日本語教会牧師 伊藤世里江

聖書:
22それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。23わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。24見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。25それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。26一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。27あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。

導入
先週の日曜日(2022年11月6日)の夜9時からのNHKスペシャルで、植物の驚異についての番組をご覧になった方はありますか?シンガポールでも日本のテレビ番組がみんな見られるのです。
その番組では、植物は話もしないし、ただそこにいるだけ、受け身の存在であるというこれまでの常識を超えて、植物もコミュニケーシンを取り合っていること、深い根にある菌を通して、光合成をしたものを別の植物に分かち合っていること、植物の間での弱いものを助ける働きがあることが、とても興味深く紹介されていました。

展開1 「木は仲間と会話し、助け合う」
実はわたしが今日、紹介しようと思っていた本の内容ととても重なるものでした。今の植物学の潮流なのでしょう。
「樹木たちの知られざる生活」ペーター・ヴォールレーベン著(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。「森林管理者が聴いた森の声」と副題があります。帯には、「発見!木は仲間と会話し、助けあう。」とあります。これがこの本の一番のテーマです。
ドイツの森林管理者ペーター・ヴォールレーベンによって、2015年に、ドイツでこの本が出版されるとたちまちミリオンセラーになり、その後、世界28か国ですでに出版されているそうです。日本では2017年に単行本として出版されたものを、さらに2018年に文庫化されたものです。
「木は仲間と会話し、助け合う」どういうことかが、この本の内容なのですが、少し紹介します。
著者は、数年前に、古いブナの木が集まり、そこで苔(こけ)に覆われた岩を見つけます。苔をつまみあげると、その下には木の皮があったのです。つまり、これは岩ではなく古い木だったのです。湿った土の上にあるブナの朽ち木は、通常は数年で腐ってします。ここから先は引用です。
「ところが、その木はとても硬く、持ち上げることもできない。ナイフで樹皮の端を慎重にはがしてみると、緑色の層が見えた。緑といえば、クロロフィル、葉緑素である。つまり、その木はまだ死んでいないということだ!」
「そのまわりにも、同じようなほかの“岩”のような大木の切り株があった。木が切り倒されたのは、400~500年前だろう。木は、葉がなければ、光合成をできない。普通に考えれば、呼吸も生長もできない。数百年間の飢餓に耐えられる生き物など存在しない。少なくとも、孤立してしまった切り株は生き残ることはできない。」
しかし、この著者が見つけた切り株は孤立していなかったのです。
「近くにある樹木から根を通じて、手助けを得ていたのだ。木の根と根が直接つながったり、根の先が菌糸に包まれ、その菌糸が栄養の交換を手伝ったりすることがある。まわりの木がその切り株に樹液を譲っていたことだけは確かだ。だからこそ、切り株は死なずにすんだ。」(p13-14)
「木が一本しかなければ森はできない。森がなければ風や天候の変化から自分を守ることもできない。バランスのとれた環境もつくれない。逆に、たくさんの木が手を組んで生態系をつくりだせば、暑さや寒さに抵抗しやすくなり、たくさんの水を蓄え、空気を適度に湿らせることができる。・・一本一本が自分のことばかり考えていたら、森の木々はまだらになり、強風が吹きこみやすくなる。倒れる木も増える。・・・森林社会にとっては、どの木も例外なく貴重な存在で、死んでもらっては困る。だからこそ、病気で弱っている仲間に栄養を分け、その回復をサポートする。数年後には、立場が逆転し,かつては健康だった木がほかの木に手助けを必要とするかもしれない。」(p15)
これらは、聖書に書いてあることと、深く共通します。ドイツは多くの国民がキリスト教徒ですから、この著者もクリスチャンである可能性は高いと思います。少なくとも聖書の内容を知っている人でしょう。

展開2 アジアの教会も助け合って生きている
この10年間、シンガポール国際日本語教会の牧師と、今年の3月までは連盟のアジア・ミッション・コーディネーターをさせていただきました。アジアのバプテストの様々な国の人たちとの出会いの中で、「助け合う」協力しあうということを重ねて思いました。
アジアは台風、洪水、地震、火山の爆発、かんばつなど自然災害が非常に多い地域です。今は世界中がそうでもありますが、地球温暖化のことも重なり、自然災害は大規模かつ頻発に起こっています。災害が起こった時の災害支援の募金や現地への災害支援チームの派遣などを、アジア太平洋バプテスト連合の災害支援部門が行ってきました。コロナでなかなか思うようなことはできなくなりましたが、それでも祈りに覚えることはできます。
この10年で、一番ショックだったのは、ミャンマーのクーデターとその後の、国軍による同じ国の民間人への虐殺、焼き討ち、暴力行為です。2年近くなっても、いっこうに国軍が勢いを止めません。
国民のほとんどが支持していない現在の軍による政権が長く続くはずはないのですが、国軍を支援している国も少なからずあります。日本政府のあいまいな国軍とのかかわり方は、国軍の思うがままだと思います。
厳しい現実の中で、わたしが一番教えられてきたのは、ミャンマーのクリスチャンたちのたくましい、信仰にあって立ち続ける姿です。海外に移住した人も多くいますが、その移住先でも、新しく教会を立ち上げたり、どこにあっても、信仰を中心とする生活を大切にされている人が多いです。
迫害されて、散らされても、散らされた先で、さらに福音を伝えていく。まるで使徒言行録に書かれている初代教会の生きざまをそのままにあらわしているようなものです。
ミャンマーのクリスチャンの人たちも、アジアの他の国で出会った人たちも、自分たちが厳しい状況にあるにもかかわらず、さらに困難にある人たちを、自分たちの手にあるものを分かち合って助け合うということが、行われています。一方、こんな美談にしてはいけないと思わされる国軍のひどすぎる仕打ちが続いています。

「からだの中で他よりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。」
自分たちだけが良ければいい、という考え方ではなく、どうやったらお互いに助け合っていけるかを考え、実践していく。ミャンマーで実際に庶民の人たちの間でなされていること;食料を買えようになったら、それを近所の人たちにもおすそ分けをしていく。
日本では、良くアジアの困難な国の人たちのために、支えましょうということが言われてきました。
しかし、わたしがアジアの国の人たちとこの10年間、出会ってきて思わされたのは、日本がアジアの国々に祈られていたのだということでした。
特に3.11の震災や津波の画像はアジアの国々でも流され、大きな衝撃を与えました。
日本の国がたいへんなことになっている、とシンガポールをはじめ、アジアの国々、世界から、多くの支援金が寄せられ、多くのボランティアが日本を訪れました。シンガポールは普段からボランティア精神が旺盛な国で、また、日本を大好きな人もとても多い国です。行動力のあるシンガポールの人たちは、岩手県の津波で襲われた地域へ何度も行って、泥かきを手伝ったり、避難所の人たちを訪ねて、一緒にお茶をしたり、と地元の教会とも連携して、ボランティア活動を今でも続けておられます。
その熱意に、わたしは何度も圧倒されました。
日本の人たちは、何度も自然災害に襲われるが、忍耐強く、その地にあって闘い、自然と共に生きているという姿がシンガポールの人たちに響くようです。
特にわたしたちの教会、シンガポール国際日本語教会に関心をもって来てくれるシンガポール人は、日本びいきでもありますので、日本への思いが強いです。それは一つには、日本には非常にクリスチャンが少ないということを知って驚き、日本の人たちになんとか、イエスさまのことをもっと知ってもらいたいという思いがとても強いのです。シンガポールは、クリスチャン人口は全体の14%ほどですが、大きな教会も多く、教会の存在感が大きいです.
イスラム教、仏教、道教、ヒンズー教の人たちも、それぞれの宗教を大切にしていますので、日本のように、神を信じないで平気で生きている人たちがたくさんいることにもショックを受けます。
神を信じていても、生きてくことはとてもたいへんなのに、神を知らないで、どうやって生きていくことができるのだろうそんなたいへんなことから、少しでも抜け出して欲しいと、祈りをもって、日本のことを覚えてくださっています。

展開3 日本の教会も助け合って生きている
日本の教会は小さな教会が多いです。しかし、とても誠実に教会生活を守り、少ない人数でも精一杯の奉仕をささげて、助け合いながら、教会の交わりを深め、主にある信仰に立ちながら、人生の一日一日を歩んでおられます。
また、志村教会のみならず、北地区の諸教会や日本バプテスト連盟の働きに加わり、世界の動きにも関心を持ちながら、歩んでこられました。
わたしがシンガポールに行ってからは、一人残していった母にとって、志村教会はまさに神の家族のつながりでした。母が天に召される前にも、志村教会のみなさんは、ここから遠く離れた神奈川県伊勢原市の母がいた施設にまでも訪問に来てくださいました。そのことを、母もうれしそうに報告してくました。
ブナの森の中で、古い木が切り倒されても、何百年も他の木と根でつながり、光合成が行われ、1本だけでは当然、死に果てていたに違いないにもかかわらず、森の中で他の木とつながり、切り株として生き続けていました。

展開4 体の中でほかよりも弱く見える部分がかえって、必要なのです
パウロは、コリントの信徒への手紙の中で、このままではバラバラになりそうな、コリント教会の人たちに向けて、強い者が誇るのではなく、弱い部分をみんなで支えることを通して、教会が一つにつながることができる、と伝えました。
志村バプテスト教会という、主のからだである教会が、力を誇るのではなく、弱くされている人たちをこれからも大切にしながら、「つながれば、生きる」と、互いにつながりを持ち続ける教会でありますように。
日本だけではなく、アジアの国々のニュースにも目を向けながら、まだ会ってはいないアジアの兄弟姉妹がたくさんいることに、思いを広げていけますように。
なによりも、わたしたちのつながりの中心は、イエス・キリストです。人の目を気にして、わたしたちはつながるのではありません。イエスさまがわたしたち一人ひとりを呼び出してくださり、こうして、志村教会とつながるように、導いてくださいました。
豊かな出会いを与えてくださいました。主が与えてくださった出会いです。
志村の地から広がって、ある種はシンガポールに、ある種はアメリカのテキサスに、ある種は福岡や北九州に、と、志村教会で与えられた出会いを胸に、世界各地で福音を伝える働きにあずからせていただいています。

(シンガポール国際日本語教会牧師 伊藤世里江)