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わたしのもとに帰れ

エレミヤ書4章1~4節 牧師 常廣 澄子 皆さま、新年明けましておめでとうございます。こうして新しい年を迎えて新年の礼拝ができますことを感謝し、これからの一年もどうか主に助けられ、導かれて歩んで行けますようにと心から願っております。

輝く明けの明星

ヨハネの黙示録22章12~17節 牧師 常廣澄子 皆さま、こんばんは。今夜は志村バプテスト教会のクリスマス・イブ礼拝にようこそおいでくださいました。心から歓迎いたします。普通この時間に教会に来ることはないと思いますが、教会の庭のきれいなクリスマス電飾の光が皆さまを迎え入れてくれました。ご一緒に静かな夜のひととき、クリスマス・イブの恵みを味わいたいと思います。

主の恵みの年

ルカによる福音書4章16~21節 牧師 常廣 澄子 皆さま、クリスマスおめでとうございます!本日はようこそ志村バプテスト教会においでくださいました。アドベントクランツに4本目のろうそくが灯り、ご一緒に2025年のクリスマスをお祝いできますことを心から感謝いたします。

目が見えない人のいやし

ルカによる福音書18章35~43節 牧師 永田 邦夫 本日は、待降節第三週の主日礼拝です。そして次週は、いよいよクリスマス礼拝を迎えます。かつては、クリスマスの時期になりますと、教会では各年代層などに分かれてクリスマス劇を行なうなど、楽しい思い出が沢山あります。

万物の嘆きと栄光

ローマの信徒への手紙8章18~30節 牧師 常廣 澄子 前回もお話ししましたが、8章はこの手紙の頂点ともいえる個所です。今日の箇所は、パウロが信仰の頂に立ってその信仰の核心ともいえることを語っているところです。キリスト者を迫害していたパウロでしたが、復活のイエスに出会ってからは、キリストにある救いと喜びを証ししながら福音を語りました。しかしそれは自分だけが信仰の高みにいて幸福に浸っていることではありません。自分だけでなくすべての者が抱えている苦しみを思いながら、将来におけるその解決を望み見ているのです。

賛美のいけにえ

ヘブライ人への手紙13章14~16節 牧師 常廣 澄子 本日はこのようにたくさんの方々と御一緒に、楽器や合唱などいろいろな形で主を賛美する豊かな「賛美礼拝」をお捧げできますことを心から感謝いたします。キリスト教の礼拝にあっては、神を賛美するということは祈ることと共に最も自然な行為です。

神に導かれる旅

使徒言行録14章21~28節 牧師 常廣 澄子 始めに少し前回のところを振り返ってお話ししたいと思います。前回の最後で語りましたように、パウロとバルナバのリストラでの伝道は、思いがけないことが起きて突然終わってしまいました。執念深いユダヤ人たちがパウロとバルナバを追いかけて、160キロメートルも離れているアンティオキアからこのリストラまでやって来たからです。彼らはこの町の群衆を扇動して巻き込み、猛烈な迫害をしました。つい先ほどまで二人を生ける神々として敬い、その前にひれ伏して、バナバをゼウス、パウロをヘルメスと呼んで熱狂的に支持していた人たちがいる、まさにこのリストラの地で事態が急転したのです。人間の心というものは、人の唆しの言葉でこのように簡単に変わるものでしょうか。彼らは彼らを唆したユダヤ人たちと一緒になって、殺意を持ってパウロに石を投げつけました。この場面には、あの「慰めの子」とも言われていたバルナバの姿はありません。キリストの敵対者から回心して、主の福音を語る者となったパウロ一人を目指して激しく石が投げつけられたのです。そして遂に倒れたのを見ると、死んでしまったと思って町の外に引きずりだしたのです(14章19節参照)。死んでしまった人間は卑しく汚れたものとして扱われますから、町の外に運び出さなくてはならなかったのです。

イエス、十字架を悟る

ルカによる福音書18章31~34節 牧師 永田 邦夫 本日も主の恵みと御導きの中で、与えられている御言葉をご一緒にお聞きして参りましょう。主イエスは、ご自身の十字架の死と、その死から三日目の復活について、都合三回にわたり予告されました。その三回にわたる予告の概要とその強調点を、ルカによる福音書から確認して、本日箇所に入りましょう。

立ち帰れ

エレミヤ書2章4~9節 牧師 常廣 澄子 エレミヤが生きて活動していたのは、今から2600年くらいも前のことですが、エレミヤに託された主の言葉は、今の私たちにも語られている言葉だと思います。エレミヤはイスラエル王国の最も大変な危機の時代に、主なる神ヤーウェの言葉を文字通り命がけで伝えたのです。

キリストにある命

ローマの信徒への手紙8章1~17節 牧師 常廣 澄子 7章でパウロは、私たち人間の心と体(霊と肉)の分裂と戦いについて語りました。良いと分かっていることができずに、悪いと分かっていながらやってしまうという人間の中の矛盾や弱さを嘆いていました。ところがこの8章ではキリストの霊にある者の勝利と解放について語っています。登山に例えるならば、7章は頂上に向かっての急な坂道を登っていく苦しさに満ちていましたが、この8章では、やっと頂上に到達して周囲の山々や遠くに見える景色を眺めているような平安と喜びがあります。この8章は昔から多くの人に愛され、尊重され、その人生に深く影響を与えてきた個所です。しかしながら読んでお分かりのように、このところは順序を追った書き方ではなくて、話の主題が行きつ戻りつしているので、なかなかわかりづらいところがあります。しかし注目すべきことは、パウロが今まで述べたことを繰り返しているようでいながら、実際にはさらに新しい視点に立ち、主イエスを信じる信仰の頂点を示しているということです。