2026年1月25日(主日)
主日礼拝
使徒言行録 15章1~21節
牧師 常廣 澄子
パウロたちの第一回伝道旅行は、大きな成果と意義をもって終了しました。先ず、この伝道旅行によって多くのヘレニストユダヤ人たちが主を信じて救われ、また主の救いの福音は多くの異邦人にまで及んでいきました。彼らはただ福音を信じるだけで救いに与りました。ユダヤ教におけるように割礼を受けたのでもなく、ただ信仰によって救われたのです。しかしこれはあまりにも革命的な出来事でしたので、エルサレムで会議が開かれ、そのことを話し合いました。それが本日の聖書箇所です。
パウロたちを宣教旅行に送り出したアンティオケ教会では、ユダヤ人と異邦人が何の区別も隔てもなく福音を信じ、主にある家族として共に生活をしていましたが、今までの伝統的な枠組みから抜け出られないユダヤ人たちにとっては、そういうあり方は全く理解できないことでした。ですからこのアンティオケ教会の状態を正そうと、ユダヤからある人々が下ってきました。1節にある「ユダヤから下って来たある人々」というのは、ガラテヤの信徒への手紙2章12節を見ますと、「ヤコブのところから来た人々」とあり、エルサレム教会と深い関係のあるユダヤ人クリスチャンであることがわかります。彼らが「15:1モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない。」と兄弟たちに教えていたのは、単に自分たちの個人的な意見ではなく、エルサレム教会の意向を反映した主張でした。
これは神の救いに関する大事な問題ですから、パウロとバルナバたちは黙っているわけにはいきません。当然そこに意見の対立が生じました(2節)。教会の中で意見の対立や論争が起こると、何かそれがいけないことであるかのように受け止められますが、真理を追い求め、自分たちが信じるところを極めて行こうとする時には、時には論争が避けられないこともあります。いい加減に妥協したり、問題をあいまいにしておくことの方が、後々になって危険なことになることを知っておかなければなりません。そういうことで、パウロとバルナバとその仲間の数人が、この問題について使徒や長老たちと話し合うために、当時のキリスト教本部とも言うべきエルサレム教会に行くことになりました。
一行は、3節にあるように、エルサレムに行く道すがら、フェニキアとサマリア地方にたてられた教会に立ち寄って、異邦人がクリスチャンになっていった次第や、どの民に対しても分け隔ての無い神の恵みについて語って、その地方の人たちを喜ばせました。
さて、エルサレム教会の使徒たちや長老たちに迎えられた一行は、神が自分たちと共にいて成してくださったことをことごとく報告しました(4節)。その内容は、主に異邦人の改宗のことや、各地に誕生した教会の様子などでしたが、そうした報告を快く思わない人たちがいました。ファリサイ派から信者になった人が数名立ち上がってこれに異議を唱えたのです(5節)。ユダヤ教の中でもとりわけ厳格に律法を重視しているファリサイ派の人々がキリストを信じ、教会に属していたのは、先ず注目に値することです。しかし長い間に培われてきたユダヤ教的な体質は、彼らの信仰理解の面でも深くしみ込んでいて、なかなかそこから抜け出せませんでした。そのため彼らは「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきである」と主張したのです。この発言が引き金となって、キリスト教会始まって以来の大会議が開かれることになったわけです。
この会議の争点は、具体的には、救われるためにはユダヤ教の割礼が必要であるかどうかという事でしたが、根本的な問題は、「律法と福音」というキリスト教の本質に関わることでした。ですから、もしここで誤った判断が下されたなら、ユダヤ人を中心とするエルサレム教会と、異邦人を中心とするアンティオキア教会とは完全に分離してしまったことでしょう。また、キリスト教会はユダヤ教の一派と見なされてこの時点で終わってしまっていたかもしれません。
7節には「議論を重ねた後」と書かれていて、その会議で多くの意見が述べられたことがわかりますが、ここではその中から三人の発言の要点だけが記録されています。まずエルサレム教会の指導者の一人である使徒ペトロの発言はこの会議の方向を大きく左右しました。ペトロについては、ガラテヤの信徒への手紙2章11-14節に、以前アンティオキア教会で起きた出来事が書かれています。それによると、ペトロは最初、異邦人クリスチャンたちと一緒に食事をしたり親しく交わりを持っていたのに、エルサレム教会から来た人々の前では、急によそよそしくなってユダヤ人以外とは一緒に食事をしなくなりました。バルナバまでがそれに同調しかけたので、パウロから厳しく指摘されています。しかし今、この会議の席でのペトロの発言は、信仰による異邦人の救いをしっかりと明快に語っています。
ペトロは二つの体験からそのことを証ししています。その一つは、異邦人コルネリウスに聖霊の賜物が注がれたことです。この事については、以前にペトロ自身がやはりエルサレム教会で問い詰められたことがありました。その時のことが使徒言行録11章17-18節に書かれています。「『11:17 こうして、主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったのなら、わたしのような者が、神がそうなさるのをどうして妨げることができたでしょうか。』 11:18 この言葉を聞いて人々は静まり、『それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」と言って、神を賛美した。』」
このように、その時の話を持ち出されたので、エルサレム教会の人たちは何も言えませんでした。しかもそのことを最も有力に裏付けたのは、他ならぬ神ご自身であられるのだということを、ペトロは証したのです。「15:7 議論を重ねた後、ペトロが立って彼らに言った。『兄弟たち、ご存じのとおり、ずっと以前に、神はあなたがたの間でわたしをお選びになりました。それは、異邦人が、わたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようになるためです。15:8 人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。15:9 また、彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。』」
さらに続いてペトロが語ったのは、自分の救いの体験です。「15:11 わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」と。ではなぜ自分は主イエスの恵みによって救われたと言うのでしょうか。それは、10節にあるように、律法というものは、先祖もわたしたちも負いきれなかった軛に過ぎないからであると断言するのです。
これは実に大胆な指摘です。しかしペトロは率直に問題の核心に迫って行きます。律法を完全に守れるような立派な人間が果たしているのだろうか、あるいは、律法に従って神と正しい関係を作っていけるような立派な人がこの世にいるのだろうか、と問いかけ、律法は私たち人間にとっては「負いきれなかった軛」でしかないのだ、と語るのです。この認識こそが「救いは神の恵みによるのである」という正しい福音理解につながる重要なことなのです。このことがわかると、私たちが救われたのは、「主イエスの恵み」以外の何ものでもないとわかってきます。ですから、11節にあるように「これは、彼ら異邦人も同じことです。」と語るペトロの言葉には、誰も反論できなかったのです。
激しい論争は、このように使徒ペトロの実体験に基づく演説によって少しずつ静まっていきました。会衆は皆沈黙しました。そしてこの沈黙はパウロとバルナバに発言の機会を与えました。二人が語ったことは、キプロスと小アジアでの伝道旅行において、彼らを通して神が異邦人の間で行われたしるしと不思議な業に基づいたものでした。「15:12 すると全会衆は静かになり、バルナバとパウロが、自分たちを通して神が異邦人の間で行われた、あらゆるしるしと不思議な業について話すのを聞いていた。」しるしと不思議な業は、聖霊が働いている証拠です。
ペトロに続いてパウロとバルナバたちが話し終えると、最後にヤコブが発言しました。このヤコブは主イエスの兄弟ヤコブのことで、エルサレム教会の指導者でした。彼にはこの議論をまとめて会議を無事に終わらせる責任がありました。従って彼の発言はこの会議の総括ともいえる大事なものでした。ヤコブは先ずペトロをユダヤ名でシメオンと呼び、彼の演説を全面的に承認しました。「15:14 神が初めに心を配られ、異邦人の中から御自分の名を信じる民を選び出そうとなさった次第については、シメオンが話してくれました。」その上で、異邦人への神の恵みという事実を、預言者たちの言葉、すなわちアモス書9章11-12節から引用して論証しました。この引用は七十人訳によるものですので、ヘブライ語本文とは多少異なっていますが、中心点は、神が異邦人の救いを望んでおられるということです。「15:15 預言者たちの言ったことも、これと一致しています。次のように書いてあるとおりです。」 「15:16 『「その後、わたしは戻って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。その破壊された所を建て直して、元どおりにする。 15:17 -18それは、人々のうちの残った者や、わたしの名で呼ばれる異邦人が皆、主を求めるようになるためだ。」昔から知らされていたことを行う主は、こう言われる。』」
ここで「倒れたダビデの幕屋を建て直す」ことは、ダビデの子キリストの復活、およびキリストの弟子によって形成される新しいイスラエルのことです。そして17節の「残った人々」が「主を求めるようになる」というのは、信仰を持つユダヤ人だけでなく、信仰を持つ異邦人によってそれが起こされるのだという意味で引用しているのです。ヤコブは、異邦人が「わたしの名で呼ばれる」ようになることは、旧約時代から明らかにされていた神の御計画であったという結論を引き出しています。
このように、ヤコブはペトロの発言を聖書的根拠をもって裏付けた後で、「15:19 それで、わたしはこう判断します。神に立ち帰る異邦人を悩ませてはなりません。」という議長裁決を下しました。「悩ませる」のは言うまでもなく、ペトロが「私たちも先祖も負いきれなかった軛をあの弟子たちの首にかけて」と言った言葉に現されています。つまり、ユダヤ人クリスチャンは、異邦人の回心者に割礼やユダヤ教に関わる律法を課してはならないということです。また神の恵みによって「神に立ち返る」人たちは、ユダヤ人も異邦人も区別なくみな平等であることが確認されたのです。
ところが最後の段階にきて、ヤコブはこれまで述べてきたこととは一見矛盾するかのような提案をします。「15:20 ただ、偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避けるようにと、手紙を書くべきです。」「偶像に供えて汚れた肉」とは偶像への供え物のお下がりを食べてはいけないこと、「みだらな行い」は近親相姦などの性的に倒錯した行為のことです。当時はこうしたことが平気で行われていたので、公に禁止が言い渡されたのです。「絞め殺した動物の肉」は、動物の肉は血を搾り出さずには食べては行けないと禁じられていました。血を避けることは、レビ記17章11節にあるように肉の命は血にあるとされていたので、血を飲んだりすることは禁じられていました。いずれも律法の教えでしたから、それを守るように教えるのは、結局異邦人を悩ませることのように思えます。ではこの提案の意図するところは何だったのでしょうか。
ヤコブは次のように説明します。「15:21 モーセの律法は、昔からどの町にも告げ知らせる人がいて、安息日ごとに会堂で読まれているからです。」つまり異邦人クリスチャンの周りには、安息日ごとにユダヤ教の会堂で律法の朗読を聞いているユダヤ教徒たちがいるわけですから、そういう人たちの躓きにならないように配慮することが大切であると語っているのです。
とりわけこれらを守ることが救いに必要であるというのではありませんが、長い間ユダヤ教的背景と律法教育の中にあって、まだまだ旧約の祭儀的なものを克服できていない人々に対する心遣いとして、せめてこれだけでも避けるように心がけてほしいと語っているのです。もしそうでなければ、ユダヤ人たちは生理的に異邦人クリスチャンとの交わりを受け付けないであろうし、彼らの言葉に耳を傾けることもないであろうという事をヤコブはよく知っていたのです。
ここにも私たちが学ぶべき教えがあります。しばしば私たちの中には筋を通すというやり方で、正論を振りかざして突っ張る人がいます。正論は大事ですが、忘れてならないことは、相手への気配り、愛の配慮です。パウロはコリントの信徒への手紙一10章32節で、偶像に供えた肉について言及しながら、それを食べてよいとか、悪いとか、またその権利があるとかないとかではなくて、「ユダヤ人にも、ギリシア人にも、神の教会にも、あなたがたは人を惑わす原因にならないようにしなさい」と、気配りすることの大切さを教えています。だから「わたしも、人々を救うために、自分の益ではなく多くの人の益を求めて、すべての点ですべての人を喜ばそうとして生きているのです。」(33節)とパウロは語っているのです。これは決して表面的な妥協や歩み寄りを意味しているのではありません。クリスチャンのすべての行動には、神を愛することと隣人を自分のように愛するという大きな中心があり、ひいては人々が救われるためという大前提があるのです。これらのことを心に留めながら、新しい週も新しい命に生きていきたいと願っております。