励ましに満ちた決定

2026年2月22日(主日)
主日礼拝
使徒言行録 15章22~41節
牧師 常廣 澄子

 前回は、キリスト教会としては初めての大きな会議がエルサレム教会で開かれたことを読みました。この頃、イエスの福音を信じる人たちによって各地にキリスト教会が建てられていきましたが、その教えや信仰生活のことで意見が分かれていたのです。キリスト教の母体であるユダヤ教が大事にしている律法とキリストの福音との間にある考え方の違いです。一時は分裂するのではないかと思われたほどの歴史的危機でしたが、主の御霊の助けがあり、キリスト教会は見事にこの問題を克服することができました。また、この会議によって、いまや神の恵みは、ユダヤ人以外の割礼を受けていない異邦人にも注がれているのだ、という事実を一同が心合わせて受け止めることができました。またユダヤ人たちが歴史的、伝統的に守って来た事柄についても尊重していくという理解のもとに会議は終わったのです。それは、ここに集まっていた人たちが、人間の考えではなく、まずは神のみこころを求めていこうとする信仰の姿勢があったから生まれた結論でした。この後、このエルサレム会議で出された合意内容について諸教会に伝えていく責任がありました。

 この会議で決定された事柄は、先ずアンティオキア教会に知らされることになりました。会議では、パウロとバルナバに書面を託すだけではなく、エルサレム教会から二人の使節も同行することになりました。「15:22 そこで、使徒たちと長老たちは、教会全体と共に、自分たちの中から人を選んで、パウロやバルナバと一緒にアンティオキアに派遣することを決定した。選ばれたのは、バルサバと呼ばれるユダおよびシラスで、兄弟たちの中で指導的な立場にいた人たちである。」選ばれたのは、バルサバと呼ばれるユダとシラスという人で、二人とも預言者であり(32節参照)、兄弟たちの中で指導的な立場にいた人たちでした。

 ユダについては、使徒言行録1章23節に「バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフ」という人が出ていますので、このヨセフの兄弟ではないだろうかという想像もできますが、確証はありません。シラスについては、パウロと同様にローマの市民権を持つユダヤ人であることが、この後の16章37~39節に書かれていますし、その名前はパウロの手紙やペトロの手紙にしばしば出てきます。
 エルサレム教会はこの二人を公的な使節としてアンティオキア教会に派遣しました。この二人は、書面に書かれた決定事項について、そのことを客観的に保証する証人としての働きをするために、パウロとバルナバに同行して派遣されたのです。これは大変賢明な処置でした。

 書面の内容は、まずアンティオキアとシリア州とキリキア州に住む、異邦人の兄弟たちへの挨拶から始まっています。「15:23 使徒たちは、次の手紙を彼らに託した。『使徒と長老たちが兄弟として、アンティオキアとシリア州とキリキア州に住む、異邦人の兄弟たちに挨拶いたします。』」
 次にエルサレムで教会会議が開かれた理由を説明しています。「15:24 聞くところによると、わたしたちのうちのある者がそちらへ行き、わたしたちから何の指示もないのに、いろいろなことを言って、あなたがたを騒がせ動揺させたとのことです。」すなわちこの会議は、エルサレム教会の正式な代弁者ではない「わたしたちのうちのある者」がそちらに行って引き起こした出来事(わたしたちから何の指示もないのに、いろいろなことを言って、あなたがたを騒がせ動揺させたこと)、つまり福音と律法の問題の解決を図るために開かれたこと、そしてそこで決議された内容を知らせる代表団として、バルナバとパウロに同行するために我々ユダとシラスが満場一致で選ばれたことが記されています。「15:25 それで、人を選び、わたしたちの愛するバルナバとパウロとに同行させて、そちらに派遣することを、わたしたちは満場一致で決定しました。」

 「15:26 このバルナバとパウロは、わたしたちの主イエス・キリストの名のために身を献げている人たちです。15:27 それで、ユダとシラスを選んで派遣しますが、彼らは同じことを口頭でも説明するでしょう。」このように書かれていますから、この書面は、異邦人教会への信任状をも兼ねていると言えます。またこの書面が伝えたい一番の中心箇所は、28~29節です。「15:28 聖霊とわたしたちは、次の必要な事柄以外、一切あなたがたに重荷を負わせないことに決めました。15:29 すなわち、偶像に献げられたものと、血と、絞め殺した動物の肉と、みだらな行いとを避けることです。以上を慎めばよいのです。健康を祈ります。」このように簡潔に、ヤコブによって提起された四つの禁止事項が書かれています。

 この書面の要点は、「15:28 聖霊とわたしたちは、次の必要な事柄以外、一切あなたがたに重荷を負わせないことに決めました。」にあります。これはヤコブが宣言した教会会議の決定は、聖霊と教会会議の共同の決議だということです。これは、教会の代表者による会議もそこで得られた結論もすべて聖霊の導きによってなされたということです。こうして聖霊によって福音の本質が人々に正しく認識され、福音が異邦人の地に宣教されていく神学的基盤が確立されていったのです。それは、彼らが聖霊の導きに従順であり、その決定に従ったからに他なりません。

 それから2千年を経て、今、21世紀に生きている私たちの教会でもいろいろな問題や課題を話し合い、合議によって決めています。しかし教会は聖霊のご支配のもとにあることを忘れずに、私たち人間の意見や考えだけでもの事を決めていくのではなく、神のみこころに従った決定がなされるように、何よりも聖霊の導きを祈り求めることが大切であるということを教えられます。

 「15:30 さて、彼ら一同は見送りを受けて出発し、アンティオキアに到着すると、信者全体を集めて手紙を手渡した。」エルサレムでの会議を終えて、アンティオキア教会に戻って来た一行は、さっそく教会の人々を集めて、エルサレム教会から持ち帰った書面、教会会議の決議書を手渡しました。その手紙はアンティオキア教会の人たちに喜びを持って受け入れられました。あの禁止事項も彼らには抵抗なく受け止められたようですし、その文面は彼らを大いに励ましました。「15:31 彼らはそれを読み、励ましに満ちた決定を知って喜んだ。」

 彼らは心のどこかで、もしかしたら割礼を受けさせられたり、その他の様々な律法を守ることを要求されるかもしれないと、一抹の不安を抱いていたかもしれません。しかし、「15:28 聖霊とわたしたちは、次の必要な事柄以外、一切あなたがたに重荷を負わせないことに決めました。」この決議は彼らの心を励ますのに充分でした。「15:32 ユダとシラスは預言する者でもあったので、いろいろと話をして兄弟たちを励まし力づけ」その上、同行した預言者ユダとシラスが多くの言葉で兄弟たちを励ましたり、力づけたりしたので、彼らは一層喜びを増し、信仰的に成長したことが想像できます。
 二人の預言者ユダとシラスはしばらく滞在して主のために働いた後、エルサレム教会に帰っていきました。「15:33 しばらくここに滞在した後、兄弟たちから送別の挨拶を受けて見送られ、自分たちを派遣した人々のところへ帰って行った。」(しかし後で、シラスはまたもどってきたようです。)一方のパウロやバルナバは、引き続きアンティオキア教会にとどまって主の御言葉を教え、宣べ伝えました。「15:35 しかし、パウロとバルナバはアンティオキアにとどまって教え、他の多くの人と一緒に主の言葉の福音を告げ知らせた。」

 エルサレム会議の決定は福音の勝利でした。すなわち、ユダヤ人でなくどこの国の人であろうと、ただイエス・キリストを信じる信仰によって救われ、神の祝福に与れることが明らかになったからです。この決定はパウロを勇気づけました。またアンティオキア教会をも力づけました。そこでパウロたちは勇気百倍、再び新しい伝道旅行に出発することを計画したのです。前回の伝道旅行で信仰を持った兄弟たちを励まそうというのが、その動機でした。

 第一回目の伝道旅行は、アンティオキア教会の外国伝道の一端として派遣されたものでした。しかし今回は、パウロの個人的な発案による伝道旅行で、アンティオキア教会がこれを支援するという形をとったようです。当時、ガラテヤ地方やアジア地方のクリスチャンたちは迫害に直面しており、またユダヤ人たちとの間では割礼の有無について論争があり混乱していました。パウロはアンティオキアにいながらも、いつもそのことを思って、ガラテヤ地方やアジア地方の諸教会や信徒たちのことを考えていたのではないでしょうか。そこでバルナバに向かって、諸教会を訪れ、事態がどのようになっているか見に行こうではないかと申し出たのです。「15:36 数日の後、パウロはバルナバに言った。『さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町へもう一度行って兄弟たちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか。』」

 この第二回伝道旅行は、思いがけない幕開けとなりました。誰を同伴するかで、パウロとバルナバの間で意見が分かれてしまったのです。「15:37 バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。15:38 しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。15:39 そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出したが、15:40 一方、パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。」

 バルナバは、自分の従兄弟である(コロサイの信徒への手紙4章10節参照)「マルコと呼ばれるヨハネ」を連れて行こうとしました。しかしパウロは、マルコが第一回伝道旅行の途中で脱落したことを考えて、連れていく事を拒みました。「15:37 バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。15:38 しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。」

 この意見の相違をどう考えるでしょうか。パウロもバルナバも立派な信仰者ですから、いつも穏やかで感情に走ること等無いに違いない。だから意見が対立するということ等あり得ないのではないだろうかと思うかもしれません。しかし、これは感情的な対立というよりも、パウロとバルナバの性格や考え方の相違であり、宣教に対する姿勢の違いから来たことだと思います。使徒言行録の著者ルカは、きれいごとにせず、パウロとバルナバのありのままの姿を書いているのです。

 マルコが第一回伝道旅行の途中で離れたのは、マルコなりの理由があったからでしょう。しかしパウロにしてみれば、どんな理由があろうと伝道を途中で放棄するような者は伝道失格者としか考えられなかったのだと思います。パウロの伝道に対する厳しい姿勢を感じます。ですから、パウロがマルコを気に入らなかったというよりも、これから始まる第二回目の伝道旅行で、いろいろな教会を訪問すること等を考えると、マルコを同伴する気にはなれなかったのではないでしょうか。一方のバルナバは性格が大変優しく穏やかですから、もう一度マルコにチャンスを与えてやるべきだと思ったに違いありません。これは、どちらが正しいか間違っているかの問題ではないのです。パウロもバルナバも自分が信じるところで一生懸命考えていました。

 そのことはこの後、素晴らしい神の御業がなされることでわかります。神は人間の弱さや足りなさをも益に変えてくださるのです。始めの計画では、この伝道旅行は一つのチームで出発する予定でしたが、結果的には、パウロとシラス、バルナバとマルコというように二つのチームができあがり、パウロたちはパウロの故郷キリキア州やシリア州を回り、バルナバたちも自分の故郷キプロス島に向かって行ったのです。「15:39 彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出したが、15:40 一方、パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。15:41 そして、シリア州やキリキア州を回って教会を力づけた。」

 意見の違いで分かれたこと以上に、宣教の働きが倍増するようにと、神はそのことをも福音の前進のために用いてくださいました。すべては主の御業であり、良い訓練の時となりました。第二回伝道旅行はこのように波乱含みのスタートでしたが、いつもどんな時も主が共におられ、導いていてくださったことを忘れないでいたいと思います。