44 使徒言行録

励ましに満ちた決定

使徒言行録15章22~41節 牧師 常廣 澄子 前回は、キリスト教会としては初めての大きな会議がエルサレム教会で開かれたことを読みました。この頃、イエスの福音を信じる人たちによって各地にキリスト教会が建てられていきましたが、その教えや信仰生活のことで意見が分かれていたのです。キリスト教の母体であるユダヤ教が大事にしている律法とキリストの福音との間にある考え方の違いです。

律法によらず福音に生きる

使徒言行録15章1~21節 牧師 常廣 澄子 パウロたちの第一回伝道旅行は、大きな成果と意義をもって終了しました。先ず、この伝道旅行によって多くのヘレニストユダヤ人たちが主を信じて救われ、また主の救いの福音は多くの異邦人にまで及んでいきました。彼らはただ福音を信じるだけで救いに与りました。ユダヤ教におけるように割礼を受けたのでもなく、ただ信仰によって救われたのです。しかしこれはあまりにも革命的な出来事でしたので、エルサレムで会議が開かれ、そのことを話し合いました。それが本日の聖書箇所です。

神に導かれる旅

使徒言行録14章21~28節 牧師 常廣 澄子 始めに少し前回のところを振り返ってお話ししたいと思います。前回の最後で語りましたように、パウロとバルナバのリストラでの伝道は、思いがけないことが起きて突然終わってしまいました。執念深いユダヤ人たちがパウロとバルナバを追いかけて、160キロメートルも離れているアンティオキアからこのリストラまでやって来たからです。彼らはこの町の群衆を扇動して巻き込み、猛烈な迫害をしました。つい先ほどまで二人を生ける神々として敬い、その前にひれ伏して、バナバをゼウス、パウロをヘルメスと呼んで熱狂的に支持していた人たちがいる、まさにこのリストラの地で事態が急転したのです。人間の心というものは、人の唆しの言葉でこのように簡単に変わるものでしょうか。彼らは彼らを唆したユダヤ人たちと一緒になって、殺意を持ってパウロに石を投げつけました。この場面には、あの「慰めの子」とも言われていたバルナバの姿はありません。キリストの敵対者から回心して、主の福音を語る者となったパウロ一人を目指して激しく石が投げつけられたのです。そして遂に倒れたのを見ると、死んでしまったと思って町の外に引きずりだしたのです(14章19節参照)。死んでしまった人間は卑しく汚れたものとして扱われますから、町の外に運び出さなくてはならなかったのです。

皆、同じ人間

使徒言行録14章1~20節 牧師 常廣 澄子 私たちは今、使徒言行録を読みながら、パウロとバルナバの伝道の旅をたどっています。ピシディア州のアンティオキアで伝道していたパウロとバルナバは、13章50-51節にあるように、「13:50 ところが、ユダヤ人は、神をあがめる貴婦人たちや町のおもだった人々を扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、その地方から二人を追い出した。13:51 それで、二人は彼らに対して足の塵を払い落とし、イコニオンに行った。」迫害を受けてアンティオキアから追われてしまったのです。それでその後、アンティオキアの南東百数十キロメートルの所にあるイコニオンに行きました。

救いは地の果てまで

使徒言行録13章44~52節 牧師 常廣 澄子 キプロス島での伝道を終えたパウロたち一行は、その後、海路小アジア地方に向かい、ベルゲに到着しましたが、そこからさらに奥地に向かって、ピシディアのアンティオキアに行きました。この町にはユダヤ人の会堂がありましたから、パウロとバルナバは安息日にその礼拝に参加しました。そしてそこの会堂司から奨励の言葉を語って欲しいと依頼されたパウロは、立ち上がって伝道説教をしたのです。

パウロの説教

使徒言行録13章13~43節 牧師 常廣 澄子 前回はバルナバの故郷キプロス島での伝道の様子を見てきました。キプロス島では、ローマ帝国から遣わされていた総督が主の福音を信じてクリスチャンになったのです。大きな成果です。彼らはその素晴らしい成果をもって、送り出されたアンティオキア教会に戻って行ったかと思いきや、彼らはそこから小アジアの方に向かって伝道活動を進めていきました。

はじめての宣教旅行

使徒言行録13章1~12節 牧師 常廣 澄子 お読みしているこの使徒言行録は、内容的にここで大きく二つに分かれています。今まで読んできた1章から12章までと、本日からお読みする13章使徒言行録 13章1~12節 牧師 常廣 澄子  お読みしているこの使徒言行録は、内容的にここで大きく二つに分かれています。今まで読んできた1章から12章までと、本日からお読みする13章から最後までです。前半では宣教活動の中心はエルサレムでしたが、ここから宣教活動の基点はアンティオキアに移っていきます。また、宣教の主役がペトロからパウロに替わっていきます。そして、宣教の対象もユダヤ人から異邦人(ユダヤ人以外の民)に移っていくのです。このようにしてすべての人に対する神の救いの計画が着々と進められ、主の福音の本質が明らかになっていくのです。主なる神を信じるキリスト教はユダヤ人という一つの民族だけのものではありません。この救いの神はすべての民族、すべての国民の神であることを伝えていくことが、この使徒言行録の目的でもあるのです。

祈りの答え

使徒言行録12章1~19節 牧師 常廣 澄子 本日は19節までしかお読みしませんでしたが、実は12章1節から24節は、バルナバとサウロの旅行記事に挟まれた挿入文だと考えられます。それはまず11章29-30節で、アンテオケ教会からの援助の品をバルナバとサウロがエルサレムの長老たちに送り届けたことが書いてあり、12章25節で「バルナバとサウロはエルサレムのための任務を果たし、マルコと呼ばれるヨハネを連れて帰って行った。」と結んでいることからわかります。そして何よりもここには「12:24神の言葉はますます栄え、広がって行った。」とあり、アンテオケ教会の発展に負けず劣らず、エルサレム教会においても、神の言葉が立派に前進していったことが書かれているのです。ではその力はどこから来ているのでしょうか。その一つの出来事として、ペトロの投獄とそこからの脱出事件が書かれているのではないかと思います。

聖霊の降臨

使徒言行録2章1~13節 牧師 永田 邦夫  本日は、ペンテコステ(聖霊降臨)礼拝です。はじめに、ペンテコステ、すなわち五旬祭の起源について説明しておきます。  ユダヤには大きな祭りが三つありました。それは過越祭、五旬祭そして仮庵祭です。この中で、本日の説教に関連します五旬祭は、過越祭(出エジプトを記念して定められた祭)から数えて50日目に当たることから命名されました。

クリスチャンの始まり

使徒言行録11章19~30節 牧師 常廣 澄子 私たちは今、使徒言行録を読みながら、イエスの死後、その教えがどのようにして世界に広がっていったのかを学んでいます。イエスは当時ユダヤを支配していたローマ帝国に反逆した人物として十字架で処刑されました。ですから、イエスを信じていた弟子たちは、次は自分たちの身にも危険が及ぶと察して、逃げたり隠れたりしていました。しかし、天に挙げられたイエスに代わって、聖霊が降り、信じる者に豊かに与えられましたから(その感謝の礼拝が来月6月8日のペンテコステ礼拝です。)、ステファノのように堂々とキリストへの信仰を語って殉教する者が現れたのです。