24 エレミヤ書

北から災いが来る

エレミヤ書1章11~19節 牧師 常廣 澄子 前回は、エルサレムの北東にあるアナトトという地で祭司ヒルキヤの子として生まれたエレミヤが、ある時、神から預言者としての召命を受け、以後40年間、神から託された言葉を語るために働いたことをお話ししました。しかしこのエレミヤ書は、エレミヤという偉大な預言者の伝記とか偉人伝のようなものではありません。確かにこの書には、エレミヤが神の言葉を語っていく中で同胞たちから疎まれ、命の危険にさらされ、その心に失意と大きな痛みを抱えながら生きて行ったことが書かれています。ですからエレミヤは「涙の預言者」「悲しみの預言者」とも言われていて、私たちは彼の生涯に引き付けられます。元東大総長の矢内原忠雄は、その著書「余の尊敬する人物」としてあげられている四人の中の一人にエレミヤをあげています。逆境の中でも恐れずに真実を語っていくエレミヤの強さと聖さに惹かれたのかもしれません。しかしエレミヤ書は彼のそういう生涯について書いてあるのでないのです。

万国の預言者

エレミヤ書1章1~10節 牧師 常廣 澄子 エレミヤは悲しみの預言者、あるいは苦難の預言者と言われています。レンブラントが描いたエレミヤは、左手で頬を支え、洞窟の壁に寄りかかっているのですが、神の言葉を語るという、自分に課せられた預言活動の空しさを思っているのでしょうか、神の言葉に心を留めない傲慢な人間に対しての諦めのようなものが感じられます。システィーナ礼拝堂の天井画には、ミケランジェロが描いたエレミヤの姿があります。ここに描かれたエレミヤは、肩幅広くがっしりしているのですが、右手で顎を抑え、大きな重荷を負わされて何か考え込んでいるかのように見えます。とにかく、エレミヤが預言活動をしていた時代、人々は皆、彼の預言を馬鹿にして無視し、神の言葉をおろそかにしたために遂に国が滅んでしまったのです。

正義と公義の神様

エレミヤ書 21章8~10節 林 大仁 神学生         涙の預言者、エレミヤは、ユダ王国のヨシヤ王13年の時に預言者としての働きを始め、ヨアハズ王、ヨヤキム王、ヨヤキン王、それから最後の王であるゼデキヤ王に至るまでの40余年を、神を離れ、偶像崇拝の罪を犯し続けるユダ民族へ下される神の正義を預言し、バビロンに降伏することを語り続けた。21章は、いよいよ差し迫ったバビロン王ネブカドネツァルのエルサレム侵攻を前にゼデキヤ王が主の御心を伺おうとエレミヤのところに送った祭司らを前に、エレミヤが改めて神の厳しい裁きを告げる場面である。