新約聖書

魂をゆだねる

新共同訳聖書ではこの段落のタイトルは「キリスト者として苦しみを受ける」となっています。お読みした4章12節から5章の終わり辺りまでは、キリスト者への迫害が感じられるような言葉が連なっているのです。今、私たちの社会全体を覆っているのは新型コロナウイルスという災いで、これは今世界に生きているすべての人間に共通の災害です。しかしこの個所では、「愛する人たち」と呼びかけていますから、この手紙の宛先(1章1節参照:ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアの各地にいるキリスト者)の上に何らかの試練が及んでいたことがわかります。

神の恵みに生きる

神は私たち人間との関係を正しくすることを願っておられます。人が私をどのように評価しようとも、どんなに私が自信を無くして落ち込んでいようとも、死にたいくらい辛い時でも、神は言われるのです。「私はあなたのすべてを知っている。」「私はあなたを受け入れている。」「私はあなたを愛している。」「私はあなたと共にいる。」と。イエス・キリストへの信仰を持つなら、私の内にキリストが生きていてくださいます。私たちが真実でなくても神は絶えず真実なお方です。コロナ禍の中で大変厳しい毎日ですが、インマヌエルの主と共に生きていけますようにと願っております。

少年イエスの言葉

ルカによる福音書2章41節~52節から、少年期イエスのみ言葉を中心に「恵みのみ言葉」をお届けいたします。因みに、御子イエスさまについての幼児期から少年期までのエピソードを伝えております福音書は、このルカ福音書のみです。それは本書冒頭に記されておりますように、“順序正しく書き記す”ということに加えて、イエスさまの幼児期から少年期への成長の中に、旧約の時代から新しい時代への大きな移り変わりの出来事が確かにあったことと、さらにこのことが伝えるメッセージを読者が読み取ってほしい、との願いが込められています。

二人の息子

今朝のみ言葉は、イエスがそのご生涯の終わり頃に語られた譬え話です。この話に入る前に、まずこれがどのような場面で語られた話であるかを考えてみたいと思います。23節に「イエスが神殿の境内に入って教えておられると、祭司長や民の長老たちが近寄って来て言った。『何の権威でこのようなことをしているのか。だれがその権威を与えたのか。』」とあります。イエスは毎日神殿で教えておられたのですが、これを苦々しく見ていたユダヤ教当局者たちがいて、この話は彼らとのやり取りの中で語られたものです。

神の恵みの管理人

私たちは各々、その過程は様々でありますが、福音が告げ知らされたことによって神の御子イエスの贖いの御業を信じ、真の神を知ってバプテスマ(洗礼)を受けてクリスチャンとなりました。おそらく誰もが、その時の喜びと感動を覚えておられると思います。そして聖書のみ言葉に支えられ、教会や礼拝を大事にして生きていこうと決心したと思います。その初めの思いが変わらずにずっと続いていけば良いのですが、私たちの生活はそんなに単純なものではありません。人生の浮き沈みのように、信仰生活にも波があるのです。

不正な管理人

この個所はイエスのたとえ話の一つですが、これは誰が聞いても何か不道徳でずる賢い男の話のように思います。イエスはどうしてこのようなたとえ話をなさったのでしょうか。ご一緒に聞いていきたいと思います。まず「(1節)ある金持ちに一人の管理人がいた。」当時、エルサレムに住む金持ちの多くは、地方に農園を持っていて、自分の土地を小作人に貸し付けていました。そして僕たちの中から管理人を派遣してその管理と経営を委ねていました。つまり彼に全財産を任せていたわけです。ところがこの管理人は任されているのは主人の財産であるのを知りながら、それをまるで自分の物であるかのように自分勝手にやりたい放題に使っていたのではないでしょうか。たぶんそれが目に余ったので、部下の誰かが主人に言いつけてしまったようです。「この男が主人の財産を無駄使いしていると、告げ口をする者があった。」と書かれているとおりです。

神殿で献げられたイエス

旧約時代を本当に信仰深く生きてきた人と、旧約時代から多くの預言者を通して預言されてきた、救い主メシアなるイエスさまとの出会いの出来事は、今現在のわたしたちの世界で起こっている、“古い年、苦難に満ちた年から、希望に満ちた新しい年への幕開け”、と理解することもできます。では初めから、皆さんと一緒にその出来事を辿っていきましょう。

祝福を受け継ぐ者

今朝の御言葉はペトロの手紙一の3章からですが、この最初の部分は「(8節)終わりに」という言葉から始まっています。著者ペトロはここまで書いてきて、そろそろ最後のまとめに入ろうとしているのです。「(8〜9節)終わりに、皆心を一つに、同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚になりなさい。悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。」

光は闇の中に

クリスマスというのは、すべての人に与えられた大いなる喜びの訪れです。ベツレヘムの野原で羊の番をしていた羊飼いたちに、輝く主の天使が現れて、驚く羊飼いたちにこう告げたのです。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」(ルカ2:10〜11)「救い主がお生まれになった。」これがクリスマスの喜びなのです。羊飼いたちはこれを聞いてすぐにお祝いに駆け付けたのですが、今の私たちはどうでしょうか。

自分の民を救われる方

クリスマスおめでとうございます。 皆さんとご一緒に2020年のクリスマスをお祝いできますことを心から感謝いたします。 今年一年は、新型コロナウイルス感染拡大によって、世界中の人が大変苦しい生活を余儀なくされました。そして一年を過ぎようとしている今なお、先が見通せずに厳しい状況が続いています。しかし世の中がどのように変化しようとも、神様が私たち人間に注いでいてくださる愛に変わりはありません。それはご自分の独り子さえも惜しまずに私たち人間のためにこの世にお降しくださったことからも明らかなことです。