ルカによる福音書

大きな淵

この話には金持ちが出て来ますが、大事な言葉がその前の部分にあります。「(14〜15節)金に執着するファリサイ派の人々が、この一部始終を聞いて、イエスをあざ笑った。そこで、イエスは言われた。『あなたたちは人に自分の正しさを見せびらかすが、神はあなたたちの心をご存知である。人に尊ばれるものは、神には忌み嫌われるものだ。』」ここでわかるように、このたとえ話に出て来る金持ちとは、金に執着するファリサイ派の人々のことを指していると考えられます。金に執着するというのは、お金や富に心が奪われ、それに縛られている人たちです。神はそういうことを忌み嫌っているとイエスは言われました。

来たるべき方

私たちはキリストの贖いを信じてクリスチャンとなりましたが、その信仰が揺らぐことはなかったでしょうか。このところには、バプテスマのヨハネが獄中から使いを送って「来たるべき方はあなたでしょうか?」と疑問を呈したことが書かれています。バプテスマのヨハネという人は、イエスの宣教の先駆者として活動した人です。彼の道備えによってイエスは公生涯をスタートされたのです。そのようなヨハネがいったいどういう気持ちで、イエスにこの質問をしたのでしょう。いったいこの質問の意図は何なのでしょうか。ヨハネともあろう人が今更イエスを疑いだしたのでしょうか。

わたしの父の家

この世界には多くの人々に感動を与える人生を歩まれた素晴らしい人たちがたくさんいます。そのような偉大な人の一生は伝記として出版され広く読まれています。私たちはイエスの幼少期や若い頃に興味を覚えますが、残念ながら聖書には、イエスの誕生物語と公生涯に踏み出されるまでの間には長い空白期間があり、ルカによる福音書2章だけが少年イエスについて語る唯一の箇所です。

天に栄光、地に平和

ルカによる福音書が伝える、イエス・キリストの誕生のメッセージについて、2019年度のクリスマス・イブ礼拝の説教からお届けいたします。 第一に、イエス・キリストの誕生のできごとは、“神が人となって世に降って来られた”出来事です。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネによる福音書3章16節)と示されていますように、神は、すべての人を救い、永遠の命を与えるために、その独り子を惜しまず世に遣わされました。

幼子を抱いて

生まれたばかりの赤ちゃんがもつその柔らさと愛おしさは心底感動するものです。小さな命はそっと扱わなければ今にも壊れてしまいそうな弱さを持っています。御子イエスはそのような小さな肉体を持ってこの世に来てくださいました。それは人間として生きるすべてを体験されたということです。御子イエスは、当時の子どもたちと同じ道をたどられました。律法を守り、八日目に割礼を受け、イエスと命名されました。そしてモーセの律法に定められた清めの期間が過ぎた時、最初に生まれた男の子として神に聖別されるために、エルサレムの神殿に連れて来られたのです。