熱心な祈り

2024年1月28日(主日)
主日礼拝

使徒言行録 4章23~37節
牧師 常廣澄子

 警察や裁判所と聞くと、皆さんはどんな思いを抱かれるでしょうか。私たちは何も特別悪いことをしたわけではありませんが、警察や裁判所というところにはあまり行きたくないのではないでしょうか。何の覚えもないのに、ある日突然無実の罪で捕らえられたり、何らかの嫌疑を受けて逮捕され、長期間にわたって拘留されてしまったという恐ろしい事件を耳にすると、どうしてそういうことが起きるのだろうと疑問を感じることがあります。人を陥れる何らかの謀り事がめぐらされたのではないかと思ってしまいます。人間社会ではいつの時代でもそういうことが起こり得ます。

 キリスト教が産声をあげたばかりの頃、ペトロとヨハネもそういう目に遭いました。ある日、ペトロとヨハネが午後の祈りの時に神殿に行った時のこと、生まれながら足の不自由な男の人が、イエスの御名によって癒されて、立って歩けるようになりました。これは非常に喜ばしい感謝すべき事件です。しかしこのすばらしい出来事のために、二人は祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人達に逮捕されてしまったのです。二人は一晩牢に入れられ、翌日には、大祭司を中心として議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集合して、つまりユダヤで一番大きな会議が招集されて二人を尋問し、協議しました。協議といっても、復活を否定するサドカイ派とそうでないファリサイ派の人がいるのですから、まとまりようはなかったでしょう。実際この二人には非難する点が見いだせなかったのです。

 この時語ったペトロの言葉は非常に大胆で立派でしたから、彼らは言い返すこともできませんでした。ペトロたちは「この男の人を癒したのは、神が死者の中から復活させられたイエスの御名によるものであり、私たちが救われるべき名は天下にはこれ以外には与えられていないのだ」と力強く語ったのです。生まれつき足の不自由な男の人が癒されて立って歩いているというニュースは、すでにエルサレムの人々には明らかな事実でしたから否定することもできませんし、ごまかしようがありません。そこで、彼らはどうしたらイエスの名による教えを広めることを止めさせられるかと考えましたが、ただ脅すことしかできなかったので、「今後はイエスの名によって話したり、教えたりしてはならない」と命じたわけです。

 しかしこれに対して二人はこう答えました。「(19-20節)神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」ユダヤの最高会議に連なる立派な人達ですが、誰一人として使徒たちと神との関係、つまりペトロたちが神の霊に導かれていることを理解することはできませんでした。21節には「議員や他の者たちは、二人を更に脅してから釈放した。皆の者がこの出来事について神を賛美していたので、民衆を恐れて、どう処罰してよいか分からなかったからである。」とあります。つまり、罪を認めることができなかったので、説得して釈放するしか他に方法がなかったのです。

「(23節)さて二人は、釈放されると仲間のところへ行き、祭司長たちや長老たちの言ったことを残らず話した。」ペトロとヨハネは釈放されるとまず最初に信じる仲間のところに行きました。そして自分たちに起きたことや言われた言葉を仲間の者たちに全部話したのです。自分たちに起きたことを真に理解してくれるのは、神を信じている仲間たちだとわかっていたからです。これを聞いた仲間の信徒たちは、二人の身の上に起こった出来事に感激して、心を一つにして神に向かって祈ったというのです。ここでまず皆が心を合わせて祈ったということに私は感動します。とっさに祈りが出て来るほどに、彼らと神の間には美しい聖なる密接な交わりがあったのです。その長い祈りが24節から30節までに書かれています。そしてその祈りは実に力強く捧げられました。

「(31節)祈りが終わると、一同が集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした。」ここには教会が捧げる熱心な祈りに対して、それに対する神からの応答があります。彼らがいた場所が揺れ動いたというのは、神の臨在の象徴であり、皆が神の言葉を語ったのは皆が聖霊に満たされていたということです。このことを第二のペンテコステが起きたと捉える学者もおられますが、何かそれに似たような出来事が起きたのだと思います。

 では、彼らが心を一つにして祈った祈りを見てみましょう。まず祈りの相手である神に対して「主よ」と呼びかけています。これは奴隷が自分の主人に対して言うような、絶対的権威を持つお方に対して使う言葉です。本当に謙遜の限りを尽くした呼びかけではないでしょうか。「(24節)あなたは天と地と海と、そして、そこにあるすべてのものを造られた方です。」これは自分を造ってくださったお方は万物の創造者だと言っています。次に、神の僕であるダビデの口を通して、聖霊によって語られたと言われる、詩編の2編1-2節からの言葉が引用されています。「(25-26節)なぜ、異邦人は騒ぎ立ち、諸国の民はむなしいことを企てるのか。地上の王たちはこぞって立ち上がり、指導者たちは団結して、主とそのメシアに逆らう。」

 ここに引用されている詩編の内容は大変明解です。長老であれ、祭司長であれ、誰であろうと、この世の指導者や権力者が「主とそのメシア」に逆らうことは、既に聖書において預言されていたことだと語っているのです。つまり、主を信じる者たちにとっては何も思いがけない事ではなく、神がすでに予見されていたことが起こったにすぎないということです。従って彼らはこのような迫害に驚かないばかりか、この出来事は、聖書に明らかに書かれているように、むしろ神が全知全能であられるお方であることのしるしでもある、と考えたのです。

 それはこの事件のことだけではありません。「(27-28節)事実、この都でヘロデとポンティオ・ピラトは、異邦人やイスラエルの民と一緒になって、あなたが油を注がれた聖なる僕イエスに逆らいました。そして、実現するように御手と御心によってあらかじめ定められていたことを、すべて行ったのです。」つまりヘロデとポンティオ・ピラトが異邦人やイスラエルの民と一緒になって、神の御子イエスを十字架につけたことは、神があらかじめ定めておられたことであったのだとも語ります。このように聖書に書かれている預言が次々と確かであることが明らかにされてきたのです。

 これらのことを通して、主を信じる者たちの願いは、さらに大胆にかつ自由に神の御言葉を語れるようにされる事でした。「(29節)主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。」「彼らの脅しに目を留め」というのは、使徒たちが困難な状態に置かれていることは神が目を留めていてくださり、すべてご存じである、すべては神の御支配のもとにあるのだからそれで十分だ、という信仰の表われです。

 さらにもう一つ願い求めることは、宣教に伴う不思議な業でした。「(30節)どうか、御手を伸ばし聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください。」このように、彼らは心を一つにして祈り求めたのです。昨日の法廷では、大祭司たちに、イエスの名によって語ったり業を行うことを強く固く禁じられた彼らでしたが、神に祈っていくうちに、逆にさらに大胆に活動するようになっていったのです。

 神殿での癒しの出来事は、こうして思わぬ方向に進んでいきました。使徒たちは神に豊かに導かれ、大胆に主を証していったのです。それがよくわかるのは、教会における信徒たちの共同生活の実態です。「(32節)信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。」ここには持ち物を独占するような利己的な心がありませんでした。「(33節)使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた。」初代教会の信徒たちが営む協同生活は多くの人々に好感を与え、人々を魅了し、ひきつけたようです。

「(34-35節)信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである。」信徒の中には、身体の弱い人もいたでしょうし、財産がなくて貧しい人もいたでしょう。しかし、みんなが支え合い助け合って暮らしているので、生活に事欠くような人は一人もいなかったということです。この協働生活は、信徒が自分の財産をみな献金しなければならなかったわけではありません。信徒たちは必要な時に御霊に心を動かされて、家屋や土地を売ってその代金を使徒たちの足もとに置いたのです。

 信徒たちの生活は人と比べたり、優劣を競ったりせず、誠に平等でした。それは何よりも、すべてのものは神から与えられたものであるという、人間存在の根幹にかかわる精神が満たされているからです。原始共産社会の形態ができていたとも言われますが、人間が神に造られ、神にあって互いに助け合う者として生きているなら、そのような生き方ができるのです。先週もお話ししましたが、神を信じることもせず、神なしで生きていることに何の疑いも抱かず、人間がすべての中心にいるような今の世界では、利己主義が横行していますから、そのような人間たちには到底このような生き方はできません。

 さて、ここに使徒言行録で最も愛される人物の一人、バルナバが出てきます。彼が献金したということが書かれています。「(36-37節)たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバー「慰めの子」という意味―と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、持っていた畑を売り、その代金を持って来て使徒たちの足もとに置いた。」バルナバはレビ族だと書かれています。レビ族は神殿に仕える部族で、カナン分配には与っていませんでしたから、普通土地は持っていませんでした(民数記18章20節、申命記10章9節参照)。しかし実際には他部族からの寄進(民数記35章1-8節参照)や相続があったようですから、もしかしたらエルサレムにいた親族から提供された畑があったのかもしれません。

 バルナバの活動は目立たないものですが、その役目はとても重要です。ここで少しバルナバのことを考えてみたいと思います。この後で、サウロを初代の教会の弟子たちに紹介したのはバルナバです(9章27節)。キリストの教会や主を信じる者たちを殺そうと追いかけまわし迫害していたサウロを、仲間の弟子たちに受け入れさせることは決して簡単なことではありませんでした。サウロをエルサレム教会に受け入れさせることが困難であったためでしょうか、バルナバはわざわざタルソスまでサウロを探しに行って、アンティオキア教会に迎え入れました(11章25-26節参照)。そして二人はそこで一年間一緒に活動しました。

 バルナバはその少し前に、エルサレム教会の使いとしてアンティオキア教会に遣わされていました。そして今度はバルナバはアンティオキア教会の代表者になってエルサレム教会との折衝に力を尽くしていくのです。そしてその後、バルナバはパウロを伝道旅行に連れ出しました(13章1-3節)。パウロの前後3回にわたる伝道旅行は良く知られていますが、この先鞭をつけたのはバルナバなのです。

 こうしてみると、バルナバは、ヨセフという本名よりも、バルナバという名で呼ばれていたとおり本当に慰めの子でした。慰め主、助け主であるイエスに仕えて生き、聖霊の促しのままに動いて活動する人でした。第三回の伝道旅行の始めには、マルコの問題があったために、苦労して育んできたパウロと別れることも辞さなかった人です。

 お読みしている使徒言行録は、「使徒の言行録」と名付けられていますが、おおよそペトロとパウロの話で二分されています。バルナバはペトロからパウロへの橋渡し役のような位置に置かれていると言っても良いかもしれません。そのようなバルナバをここで紹介していることを覚えておきたいと思います。私たちもまた、バルナバのように神への愛と信仰に忠実に生きて、神の働きに用いられたらどんなに幸いでしょうか。

(牧師 常廣澄子)