ヨハネによる福音書

水がぶどう酒に

イエスは30歳頃に家を出られ、洗礼者ヨハネからバプテスマを受けられました。その頃からイエスの周囲に弟子たちが集められていきました。そしてそれらの弟子たちと共に行動されるようになって、イエスの公生涯が始まって行ったと言えます。そしてその最初になさった御業がこのカナの婚礼での出来事です。ここでの舞台は、結婚式というより結婚式後の披露宴、結婚を祝う宴会での出来事です。当時の結婚の宴会は大変華やかで、豊かな家では宴会が七日間も続いたそうです。この物語では、婚宴に招待した人数を考えて、たくさんの食べ物や飲み物が用意されていたのでしょうが、宴会の途中でそれが足りなくなってしまったのです。母マリアがそれに気づいてイエスに伝えますと、イエスはそれを咎めるどころか、すぐに召し使いたちに命じて清めのための水がめ六つに水を満たすように言いました。主の御業の陰にはいつでも、御言葉に従順な人の姿があります。それを汲んで世話役に持っていくと、何と今までのぶどう酒よりももっと上等の美味しいぶどう酒になっていたという奇跡です。

恵みと真理に満ちた方

イエスは神の御子であられますが、神の身分であることに固執せず、へりくだって人となり、貧しいヨセフとマリアの子どもとしてこの世にお生まれくださいました。14節に「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」と書かれていることがそのことです。この出来事は、神の性格を示していると言ってもよいかもしれません。聖書の神は、人間に語りかける神であるということです。ヘブライ人への手紙1章1-2節「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。」とある通りです。神はいつも天上から私たちの歩みを眺めておられるだけではなく、私たち人間の重荷や苦しみを一緒に担ってくださるために人となってこの世界に降ってくださったのです。