ローマの信徒への手紙

イスラエルの残りの者

ローマ書9章~11章は、いわば“全人類の救い”を大きなテーマとして進められており、その11章に入った1節で、直前の段落までの“異邦人がイスラエルより先に神の義を得ている”と記されていることなどを踏まえつつ、「では尋ねよう。神は御自分の民を退けられたのであろうか」と、問いを発し、その直後に「決してそうではない」と否定しておりますが、それは、詩編94篇14節の、「神は御自分の民を決しておろそかになさらず、御自分の嗣業を見捨てることはなさいません。」に基づき、「神は、前もって知っておられた御自分の民を決して退けたりなさいませんでした。」と、神の普遍的な愛を示しております。続いて2節後半では、「エリヤについて聖書は何と書いてあるかを知らないのですか」と、列王記上17章から19章に記されている、いわゆる“エリヤ物語”の中で、神がエリヤに示されて大きな恵みと、愛のことを喚起させようとしております。

聴いて宣べ伝える人

ローマ書9章~11章は、“全人類の救い”(または“万人の救い”)と言われる個所です。しかしその背景には、いわゆる“イスラエル問題”がその中に大きなウエイトを占めております。先に神に選ばれ、多くの恵と約束をいただいたはずのイスラエルが、なぜ、いまもイエス・キリストの福音を拒み続けているのか、これがイスラエル問題です。そしてこのイスラエルが、イエス・キリストの福音を信じて受け入れて初めて、全人類の救いが達成するのです。また、一方わたくしたちにとってイスラエルとは誰でしょうか、そして今どんな状況に置かれている人でしょうか、このことも考えながら本日の聖書箇所へと進みます。

主の名を呼び求める者の救い

この聖書箇所がわたしたちに伝える福音のメッセージは、大きくは、9章から11章の“全人類の救い”についてであり、さらに詳しくは、直前4節「キリストは律法の終わりになられた」、すなわち、「律法に終止符を打たれた」(原語のギリシア語の解釈)を受けて、律法による義と、信仰による義を別の角度から比較しつつ、さらにわたしたちが、イエス・キリストを救い主として信じる、“信仰による義”(ローマ書の中心的テーマ)へと至る道筋を示しております。そしてそこにはユダヤ人、ギリシア人の区別はなく、主を信じ、主の名を呼び求める者すべてが救われる、と告げております。

神の義を求める信仰

ローマ書の中心的なメッセージは、“信仰義認”の言葉に要約することができます。そしてその根拠は、神の義に基づく福音の到来です。1章16節、17節に、福音は、信じる者すべてに救いをもたらす神の力であり、福音には神の義が啓示されております。それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです、とあります通りです。