ヨハネの黙示録

惑わされないように

ヨハネの黙示録 13章11~18節 牧師 常廣澄子      ご一緒にヨハネの黙示録を読み進めています。いつも同じことを言うようですが、ここに描かれているいろいろな場面や状況は何とも奇妙でなかなか理解できません。しかし何かしら感じる所があるのではないかと思います。七つの封印で封じられ、誰も開くことも見ることもできなかった巻物は、小羊イエスによって開かれていきました。そして、最後の第七の封印が解かれ、七人の天使が次々と吹き鳴らすラッパの音とともに明らかになって来たのは、神を離れた罪の心で生きる人間の有様、人間世界の不義の姿です。封印が解かれたということは、現実の有様をしっかり見させたということではないでしょうか。

悪しき力との戦い

ヨハネの黙示録 13章1~10節 牧師 常廣澄子        ヨハネの黙示録には、いったいどういうことをいっているのか想像できないような場面や、奇妙な怪物が出てきたりしますので、ただ漠然と読んでいても良くわかりません。けれども少しずつ考えながら読み進めていきますと、この書物は今私たちが生きている世界がたどってきた歴史や流れを生々しく映し出しているように思われます。そして今日の人間世界の有様を見抜き、その問題点を指摘しているようにも思われるのです。繰り返しくりかえし「耳ある者は聞くが良い。」とか「耳ある者は聞け。」と言われていますように、この文書を読む者は、しっかり耳を開いて聞きとる者とそうでなく聞き流す者、しっかり聞いて理解する者とそうでない者がはっきりしてくるのではないでしょうか。

天の戦い

ヨハネの黙示録 12章7~18節 牧師 常廣澄子        今までに繰り返し語ってきましたが、「ヨハネの黙示録」が書かれた時代は、キリスト者が迫害され、皇帝礼拝や偶像礼拝が強要されるような大変厳しい時代でした。その苦しさと生きづらさのゆえに、キリストへの信仰を持って生きるということを断念する者もあったようです。また周囲からキリスト信仰を捨てるように強いられたりもしました。そういう時代ですから、普通に読んでもわからないような表現を用いて書かれ、ただ聖霊によってわからせていただいたのです

大きなしるしが現れた

ヨハネの黙示録 12章1~6節 牧師 常廣澄子        聖書の中でも、ヨハネの黙示録は読んでいて、大変わかりにくくて理解しにくいところがたくさんある文書です。それは当時、キリスト教会が始まったばかりの頃はいろいろな迫害がありましたので、普通に書いたのではすぐにわかってしまいますから、わざと読んでもわからないように書かれているからです。けれども、著者ヨハネが神の霊に導かれて、天に引き上げられて見たその映像は、まるでコンピューターグラフィックで描かれたように精密な情景だったようで、それを伝えているヨハネの文章はまるで現実にそこにいるかのように生々しいものがあります。

天の神殿が開かれた

ヨハネの黙示録 11章15~19節 牧師 常廣澄子      8月に入りました。8月は平和を思う月です。それは78年前の8月6日と8月9日に、恐ろしい原子爆弾が広島と長崎に投下され、一瞬のうちに数えきれない多くの人の命が奪われ、数えきれない多くの人が悲しみと苦しみを背負って生きていかねばならなくなったという事実があり、戦争の悲惨さや愚かさを思うからです。私達は二度と同じ間違いをしてはならないと慰霊碑の前で平和を誓っています。しかし、世界では今も各地で争いが続いています。昨年2月に勃発したロシアとウクライナの戦争は、一年半を経過した今も終わりが見えない状況です。遠く離れた日本に暮らしている私達にとっても本当に心痛む日々であり、そのニュースは今も連日世界中をかけめぐり、一日も早い終息を願う祈りに満ちています。

神の力によって

ヨハネの黙示録 11章1~14節 牧師 常廣澄子        ヨハネの黙示録はよく解らないところがたくさんあって大変難しいものです。しかし、ある意味でこの黙示録は神の啓示の書ともいえるのです。私たちには覆いがかけられていて見えなくなっていることがたくさんありますが、その覆いを取り払って見えるようにしてくれる書物だともいえるということです。ヨハネに示された幻を通して、神はそれを私たちに告げています。 さてここまでのところでは、著者ヨハネは自分が見たことを、つまり天上の礼拝の様子や、ラッパを吹く度に繰り広げられる様々な出来事を語ってきました。しかし、この11章からはただ見ているだけでなく、ヨハネ自身が何らかの役割を担うことを命じられています。彼自身の行為が求められているのです。「(1節)それから、わたしは杖のような物差しを与えられて、こう告げられた。『立って神の神殿と祭壇とを測り、また、そこで礼拝している者たちを数えよ。』」

巻物を取って食べよ

ヨハネの黙示録 10章1~11節  牧師 常廣澄子        ヨハネの黙示録を読み進めてきて、本日は10章に来ました。著者ヨハネは霊に満たされて天の幻を見ています。地上にいる私たちも霊の目を天に向け、天上の礼拝の様子や、霊が伝えることを自分の心のスクリーンに描いていきたいと思います。

火と煙と硫黄

ヨハネの黙示録 9章12~21節 牧師 常廣澄子        このヨハネの黙示録に書かれている幻は理解できないことばかりで、非現実的な事柄としか思えないと言われる方がおられます。確かにここに書かれていることは不思議なことばかりです。しかしここに示されている幻から発するイメージは、現実に今世界で起きている状況を連想するほどに生々しく迫ってきます。今日の世界は非常に危機的な状況にあり、不安や恐怖に満ちていることを考えても、ヨハネが霊の導きによって見たこれらの幻をしっかり霊の目で見ようとすること、静まって霊の耳を傾けてみ言葉から聞くことは、今を生きる私たちにとって大変大事なことではないでしょうか。

底なしの淵

ヨハネの黙示録 9章1~11節 牧師 常廣澄子        私たちは今、ヨハネの黙示録を通して、著者ヨハネの霊の目に映し出された天上の礼拝の様子を見ています。天の御座の中央に立たれるお方は、豪華な王者の衣をまとうお方ではなく、ほふられた小羊の姿です。それは虐げられ、苦しめられ、傷つけられたお姿でした。この方こそ、神の小羊としてご自分のお身体を捧げられたイエス・キリストに他なりません。このお方は天上にあるもの、地上にあるもの、地下にあるものが口をそろえて「王の王、主の主」として崇められるお方です。そしてこのお方が七つの封印で封じられた巻物を手に取り、その封印を一つひとつ開けていったのです。封印を解いていくことがおできになるのはこの方以外にいないのです。第七の封印を開いた時、神の御前に立っている七人の天使に七つのラッパが与えられ、次々と吹き鳴らされていきましたが、天使がラッパを吹き鳴らす度に、そこには恐るべき審きの光景が映し出されていきました。神の審きというのは、神を神として認めようとしない者に加えられるのです。

天使のラッパが鳴る

ヨハネの黙示録 8章6~13節 牧師 常廣澄子       最近、AI(人口知能)が論文を書いたり、人間の病気を診断したり、医学的な処方を教えてくれたりするということを知り、人間の技術開発はいったいどこまで進歩するのだろうと驚いています。しかしそのようなことは、目まぐるしく進化する人間世界の一端かもしれません。今私たちが生きている世界は、科学技術の目覚ましい発達によって、かつてないほど豊かになり、様々な便利なものに溢れ、季節を問わずいつでも快適に過ごせる時代になっています。しかし一方で、今までは考えられなかったような凶悪な犯罪が横行し、次々と複雑な事件や思いもしない事故が起こっています。ロシアとウクライナの戦争は長期戦となりつつあり、世界の国々は一触即発の緊張状況にあり、いつ破滅的な事件が起きてもおかしくないほどの危うさに満ちています。今の時代は本当に先の見通せない危険な状況にあるように思えます。皆さまは今の世界をどう見ているでしょうか。